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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)62号 判決 1989年5月25日

大阪府吹田市江坂町五丁目四番二号

原告

阪本市蔵

右訴訟代理人弁護士

村上充昭

大阪府吹田市片山町三丁目一六番二二号

被告

吹田税務署長

村本理

右指定代理人

石田浩二

浅利安弘

宮崎雄次

岸本貴行

主文

一  被告が原告に対して昭和六〇年七月九日付の原告の昭和五六年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(昭和六一年四月二四日付の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分により減額更正された後のもの)のうち、分離長期譲渡所得金額四二四六万円を超える部分を取消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対してした昭和六〇年七月九日付の原告の昭和五六年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(昭和六一年四月二四日付の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分により減額更正された後のもの)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件各処分の経過

(一) 原告は、生花業を営んでいたが、昭和五六年二月、国土産業株式会社(以下「国土産業」という。)との間で、原告所有の吹田市江坂町五丁目四番三六所在の雑種地一五八平方メートル及び同市江坂町五丁目四番三七所在の雑種地二三八平方メートル(以下「本件各土地」という。)を代金七八〇〇万円で売渡す旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、国土産業から、同月下旬に手付金として二〇〇万円、同年七月二八日に残代金の一部として四五二六万八〇〇〇円の支払を受けたが、その余の代金三〇七三万二〇〇〇円(以下本件売買契約の未払代金を「本件残代金」という。)については未だに支払を受けていない。国土産業は、本件残代金の支払を免れようとして、原告に対し、当初からその意思がないにもかかわらず、右三〇七三万二〇〇〇円を原告の本件各土地の譲渡所得に対する所得税の支払に充ててやるなどと虚偽の事実を述べて原告を欺罔し、右残代金を支払わない。そこで、原告は、国土産業に対し、本件残代金の支払を催告したが、国土産業がこれに応じなかつたので、昭和六一年九月二一日、国土産業に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 被告は、原告の昭和五六年分の所得税につき、昭和五九年一二月一〇日、別表1の更正処分欄記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)をし、さらに、昭和六〇年七月九日、同表の再更正処分欄記載のとおりの本件更正処分等に係る課税標準及び税額を増額する再更正処分(以下「本件再更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件再更正処分と併せて「本件再更正処分等」という。)をしたが、昭和六一年四月二四日、同表の再々更正処分欄記載のとおりの本件再更正処分等に係る課税標準及び税額を減額する再々更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件再々更正処分等」といい、本件更正処分等及び本件再更正処分等と併せて「本件各処分」という。)をした。原告は、昭和六〇年二月二日、被告に対し、本件更正処分等につき、異議申立をしたが、同年六月二六日、異議棄却の決定がなされ、同年七月一八日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、昭和六一年六月二〇日、棄却の裁決がなされ(右審査請求手続においては本件更正処分等は本件再更正処分等とともに審理された。)、右裁決書謄本は同年七月七日ころ原告に送達された。

2  本件各処分等の違法性

(一) 原告は、昭和五六年分の所得税の確定申告を自らしたことはないし、また、他人に委任していたこともなく、原告が確定申告をしたことを前提としてなされた本件更正処分等及びその後の本件再更正処分等、本件再々更正処分等は違法である。

(二) 本件売買契約は前記1(一)のとおり解除され、遡及的に効力を失い、原告に右売買による譲渡所得は存しなくなつた。そして、原告は、被告に対し、右解除に基づいて更正の申立をしたが被告からはなんらの回答もない。したがつて、本件各処分は違法である。

(三) 本件売買契約に係る代金のうち本件残代金三〇七三万二〇〇〇円は回収することが不能となつたものであるから、所得税法(以下「法」という。)六四条一項により譲渡所得の計算上これをなかつたものとみなすべきであるにもかかわらず、これをせずになされた本件各処分は違法である。

3  よつて、原告は、被告に対し、本件再更正処分等(本件再々更正処分等により減額更正された後のもの)の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(1)の事実中、原告がかつて生花業を営んでいたこと、原告が昭和五六年二月に国土産業との間で本件売買契約を締結し、国土産業から、同月下旬に手付金として二〇〇万円、同年七月二八日に残代金として少なくとも原告主張額の金員の支払を受けたこと、原告が昭和六一年九月二一日、国土産業に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告が昭和五六年七月二八日に国土産業から残代金として支払を受けた金額は五二二二万円である。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実及び主張は争う。

三  被告の主張

1  昭和五六年分の所得金額

(一) 原告の昭和五六年分の所得金額は分離長期譲渡所得金額七五九九万二〇〇〇円であり、その計算は別表2記載のとおりであり、その計算根拠は次のとおりである。

(1) 譲渡収入金額

原告の本件各土地の譲渡によつて収入すべき金額(以下「譲渡収入金額」という。)は、原告が昭和五六年二月に本件各土地を国土産業に譲渡したことによる譲渡代金七八〇〇万円、同年七月二八日に右譲渡にともない国土産業から収受することになつた本件各土地に係る花木代金五〇万円及び本件各土地の譲渡に当たり共有土地の分筆によつて生じた八坪(約二六平方メートル)の不足分の土地代金五二〇万円の合計金額八三七〇万円である。なお、原告は、昭和五四年ころまでに生花業をやめており、右花木代金の実質は土地代金の上積みにすぎない。

(2) 取得費

原告の本件各土地の譲渡に係る譲渡所得金額の計算上控除すべき取得費は右(1)の譲渡収入金額八三七〇万円の一〇〇分の五に相当する四一八万五〇〇〇円である(租税特別措置法《以下「措置法」という。》三一条の四)。

(3) 譲渡費用

原告が本件各土地の譲渡に際し支払つた譲渡費用二五二万三〇〇〇円である。

(4) 特別控除額

本件各土地の譲渡による所得は分離長期譲渡所得に該当するので一〇〇万円の特別控除が認められる(措置法三一条三項)。

(二) 仮に右(一)(1)の花木代金が営業用資産の補償に当たるとした場合の原告の同年分の所得金額は、総所得金額が五〇万円、分離長期譲渡所得金額が七五五一万七〇〇〇円であり、右各所得金額の計算根拠は次のとおりである。

(1) 総所得金額

収入金額は前記花木代金の五〇万円であり、右収入金額に係る必要経費はない。

(2) 分離長期譲渡所得金額

<1> 譲渡収入金額

原告の本件各土地の譲渡による収入金額は、原告が、昭和五六年二月に本件各土地を国土産業に譲渡したことによる譲渡代金七八〇〇万円、本件各土地の譲渡に当たり共有土地の分筆によつて生じた二六平方メートルの不足分の土地代金五二〇万円の合計金額八三二〇万円である。

<2> 取得費

原告の本件各土地の譲渡に係る譲渡所得金額の計算上控除すべき取得費は右<1>の譲渡収入金額八三二〇万円の一〇〇分の五に相当する四一六万円である(措置法三一条の四)。

<3> 譲渡費用

原告が本件各土地の譲渡に際し支払つた譲渡費用二五二万三〇〇〇円である。

<4> 特別控除額

本件各土地の譲渡による所得は分離長期譲渡所得に該当するので一〇〇万円の特別控除が認められる(措置法三一条三項)。

2  原告の確定申告の適法性と本件各処分の適否

(一) 原告は、昭和五六年七月二八日、国土産業から売買代金の残額の支払を受けた際、国土産業の代表取締役である田窪誠一(以下「田窪」という。)との間で、原告が田窪に対して、本件各土地の譲渡に係る納税に関して申告及び納税手続をすることを委任する旨の委任契約を締結した。右委任の趣旨は、田窪ないし同人から依頼された者が税理士に委任して右手続をさせることをも含むものであるところ、税理士世俵利美は、田窪ないし同人から依頼された者から、原告の昭和五六年分の確定申告手続を委任され、昭和五七年二月一六日、被告に対し、原告の昭和五六年分の確定申告書を提出した。したがつて、右確定申告書は、原告の意思に基づいて作成され、提出されたものである。

(二) 仮に、原告の意思に基づく確定申告がなかつたとしても、原告に本件各処分に応じた所得があるときには、原告は法の定めるところにしたがつて納税義務を負い、本件更正処分に代えて決定処分をしてもその税額には変わりがなく、また、更正処分にともなつて賦課される過少申告加算税賦課決定処分による加算税額は、決定処分にともなつて賦課される無申告加算税賦課決定処分による加算税額よりも少額であり、原告は無申告加算税でなく過少申告加算税の賦課決定処分を受けることによつて無申告加算税賦課決定処分による以上に不利益を受けることはない。そうすると、本来ならば申告義務者が納税申告書を提出しないものとして決定処分を行うべきところを更正処分をし、あるいは無申告加算税の賦課決定処分を行うべきところを過少申告加算税の賦課決定処分をした点の瑕疵は、取消原因となるほどの違法性はなく、結局、本件更正処分等及びこれに引続いて行われた本件再更正処分等、本件再々更正処分等を取消すことはできない。

3  本件売買契約の解除について

(一) 原告は、昭和五六年七月二八日、田窪との間で、本件各土地の譲渡に係る納税に関し、前記2(一)の委任契約を締結し、その納税資金として本件残代金額相当分を預けることとし、そのうえで、本件残代金債権と右預託金債権とを相殺する旨合意した。したがつて、原告の国土産業に対する本件売買契約上の代金債権はすべて決済されたこととなるから、国土産業に本件売買代金支払義務の履行遅滞はなく、原告の本件売買契約の解除の意思表示は効力が生じない。

(二) 仮に、本件売買契約が昭和六一年九月二一日に解除されたとしても、右解除は本件各処分の後の意思表示によるものであるから、被告が本件各処分時に本件売買契約が有効なものであるとして所得計算したことは当然であり、その処分後に解除等の契約の効力を遡及的に失わせる事由が生じたとしてもその処分は違法とはならないし、右の場合、本件各処分等に係る課税標準及び税額を変更するには、国税通則法二三条及び法一五二条の規定に基づき、被告に対し、更正の請求書を当該事実が生じた日の翌日から二月以内に提出して更正の請求をすべきこととされており、これをすべき場合には、本件各処分の取消を求めることはできない。

4  法六四条一項の所得計算の特例の適用について

前記3(一)のとおり、本件売買契約の代金債務はすでに履行されており、収入金額の回収不能は存在しないから、法六四条一項の所得計算の特例を適用する余地はない。

5  以上によれば、原告の昭和五六年分の所得金額は、七五九九万二〇〇〇円(前記1(一))あるいは七六〇一万七〇〇〇円(前記1(二))となるところ、本件再更正処分等(本件再々更正処分等により減額更正された後のもの)に係る原告の所得金額は、右金額の範囲内であるから、被告のした本件再更正処分等には、原告の所得を過大に認定した違法は存しない。また、原告は、同年分の所得金額及び納付すべき税額につき過少に申告したのであるから、国税通則法六五条一項に基づき新たに納付すべき税額である一七三六万円(昭和六一年四月二四日付の再々更正処分により減額された後のもの。同法一一八条三項により一万円未満切捨。)に一〇〇分の五を乗じた八六万八〇〇〇円の範囲内の過少申告加算税を課した本件賦課決定処分(昭和六一年四月二四日付の過少申告加算税賦課決定処分により減額された後のもの)も適法である。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1(一)  被告の主張1(一)の冒頭の事実は否認する。同1(一)(1)の事実中、原告が昭和五六年二月国土産業に本件各土地を譲渡したことによつてその代金七八〇〇万円が譲渡収入となることは認め、その余の事実及び主張は争う。

(二)  同1(二)の冒頭の事実は否認する。同1(二)(1)の事実は否認する。同1(二)(2)<1>の事実中、原告が昭和五六年二月国土産業に本件各土地を譲渡したことによつてその代金七八〇〇万円が譲渡収入となることは認め、その余の事実は否認する。

2  同2の事実及び主張は争う。被告が提出を受けた原告の昭和五六年分の確定申告書は、国土産業が本件残代金額の支払を免れるために原告に無断で作成したものであり、原告は、その作成及び提出についてまつたく関与していない。

3  同3ないし5の事実及び主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件再更正処分等の存在

請求原因1(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事案の経過

1  原告がかつて生花業を営んでいたこと、原告が昭和五六年二月に国土産業との間で本件売買契約を締結し、国土産業から、同月下旬に手付金として二〇〇万円、同年七月二八日に残代金として少なくとも四五二六万八〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、右事実に、成立に争いのない甲第一号証の二、第三号証の一、二、乙第九、第一一号証、原本の存在及びそれが真正に成立したことに争いのない甲第五、第八号証(後記措信しない部分を除く。)、乙第一三号証、官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証、原本の存在に争いがなく、証人田窪誠一の証言によりそれが真正に成立したものと認められる乙第八号証、証人阪本ユキの証言により原本の存在及びそれが真正に成立したことが認められる乙第四ないし第六号証、証人田窪誠一の証言により原本の存在及びそれが真正に成立したものと認められる乙第七号証、乙第二号証(官署作成部分の成立は争いがない。)の存在、証人阪本ユキの証言及び証人田中泰一、同田窪誠一の各証言(後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和二三年二月二日、自作農創設特別措置法一六条に基づいて本件各土地を分筆する前の吹田市江坂町五丁目四番二、三の各土地を竹本才吉(昭和五〇年九月二一日死亡)とともに売渡を受け、同人と右各土地を共有し、原告はその持分二分の一を有していた。原告は、右各土地に出荷用の花木類を栽培していたが、昭和五四、五年ころまでには病気のために生花業をやめていたところ、昭和五五年、不動産取引を業とする国土産業から右各土地を買受けたい旨の申入れを受け、原告の妻の甥である田中泰一(以下「田中」という。)を介して国土産業の代表取締役である田窪と交渉し、昭和五六年二月、国土産業との間で本件売買契約を締結した。なお、田窪の奔走により、原告と竹本才吉の相続人との間で右各共有地のうち本件各土地を原告の単独所有とする旨の共有物分割の合意が成立し、本件売買契約後、分筆登記及共有物分割を原因とする持分の移転登記がなされたが、原告の取得することとなつた本件各土地は、共有持分割合(二分の一)による面積より約二六平方メートル(八坪)少なかつたので、国土産業は、本件売買契約に際して、原告に対し、右不足分の土地の価格五二〇万円(本件売買契約において土地代金の算定の基準とした一坪六五万円の割合で算出した金額)を本件売買に係る土地代金七八〇〇万円に付加して支払う旨、また、原告が本件各土地上に植えていた花木の補償として五〇万円を支払う旨約した。

(二)  国土産業は、同年二月下旬、原告に対し、手付金として二〇〇万円を支払い、その後同年七月二八日、本件各土地の転売先の大日開発株式会社(以下「大日開発」という。)から支払われる転売代金によつて原告に対する残代金の支払をすることとし、田窪は、同日、大阪府民信用組合千里山支店において、大日開発から右転売代金を受取り、田窪に同行した田中は、大日開発に対し、原告から託された本件各土地の登記済証、原告の印鑑証明書等の所有権移転登記手続に必要な書類を交付した(本件各土地につき同日付で原告から大日開発に対する所有権移転登記がなされている。)。田窪は、同日、田中とともに、原告宅に赴き、原告に対し、田窪が原告に代つて本件各土地譲渡に係る公租公課を支払うからその分を代金から差引く旨説明して、その場に持参した四八一六万八〇〇〇円(右金額を認定した理由は後記のとおりである。)のみの支払を申出た。原告と妻の阪本ユキ(以下「ユキ」という。)は、同日、残代金全額の支払を受けることができると考えていたため、一部のみの支払に納得せず、田窪や田中に抗議をしたり支払の内訳を問質すなどしたが、田窪は、不足分の支払に応じず、本件各土地の譲渡に係る「税金払込みについては、田窪誠一が責任をもつて納税致します。尚阪本市蔵(原告)殿には一切迷惑をおかけ致しません。」との文面で、裏面に納付する税額と同日交付した金員の内訳(なお、支払金の内訳を示すものと思われる中には、草木補償分として五〇万円、八坪の不足分として二四〇万円が含まれる旨の記載がある。)を記載した「念書」と題する書面(乙第七号証はその写し)を作成して、田中とともに署名捺印し、原告にこれを交付するなどして、原告とユキの説得に努めたので、原告とユキは、不承不承、本件各土地の譲渡に係る納税を田窪に任せることにした。

(三)  しかし、田窪は、その後、納付税額を低く押えて納税を代行してくれるという四国在住の浜田秀夫に対し、原告への支払から差引いた分のうち一〇〇〇万円を渡して本件各土地の譲渡に係る納税の手続を委ね、残りの分は、国土産業の資金として費消して右税の納付をしておらず、また、右浜田もこれを納付していない。

(四)  高松市在住の税理士世俵利美作成に係る原告の昭和五六年分の所得税の確定申告書(その記載内容は別表1の確定申告欄記載のとおりである。以下「本件確定申告書」という。)が昭和五七年二月一六日、茨木税務署長に対し提出されたが、原告は、本件確定申告書のほかには昭和五六年分の確定申告書を提出していない。

(五)  国土産業は、昭和五六ないし五七年ころには倒産し、以後営業を廃止しており、みるべき資産もない。以上の事実が認められる。

2(一)  なお、原告が昭和五六年七月二八日に国土産業から受領した残代金の金額につき、原告は、四五二六万八〇〇〇円、被告は、五二二二万円であるとそれぞれ主張する。前掲乙第七号証(念書)には、「現金総額五四二二万(手付二〇〇万)」の記載があり、前掲乙第六号証(阪本ユキの昭和六〇年四月一二日付陳述書)には、田窪は五二二二万円しかもつてこなかつた旨の被告の右主張にそう記載があるが、一方、右乙第七号証によれば、右念書には「手取り四七二六・八万」の記載があり、この金額は、売買代金総額七八〇〇万円から所得税と住民税合計三〇七三・二万円を差引いて算出されたものであること、また、右念書には売買代金七八〇〇万円のほかに支払うべき金額として「草木保証金五〇万」と「八坪分二四〇万」の記載がなされていることが認められるところ、前掲乙第六、第一一号証及び証人阪本ユキの証言を総合すれば、原告は、同日、売買代金七八〇〇万円の残金のほかに右草木補償金五〇万円と前記八坪の不足分の土地の価格五二〇万円の一部二四〇万円の合計二九〇万円の支払を受けたことが認められること、さらに、前掲甲第五号証には、原告宅に当日持参した金額は手取り総額五〇〇〇万円から既払の手付金二〇〇万円を差引いた四八〇〇万円である旨の田窪の供述記載があるほか、証人田窪誠一の証言中には、五〇〇〇万円より少ない金額を渡した旨の供述部分があり、田窪は、一貫して、国土産業が同日原告に渡した金額は五〇〇〇万円を下回る旨供述していること、前掲乙第一一号証(別件訴訟の阪本ユキの昭和六〇年七月一〇日付証人調書)及び証人阪本ユキの証言中には、受領した金額につき五〇〇〇万円弱、あるいは五〇〇〇万円を切れていた旨の記載ないし供述部分があること、右乙第一一号証、証人阪本ユキの証言、弁論の全趣旨によると、乙第六号証の前記記載はユキが正確な自己の記憶に基づいて記載したものではなく、自らあるいは代理人が右念書(乙第七号証)の記載を解釈したところに基づいて記載した節が窺えるので、右受領金額についての右記載をそのまま真実とみることはできないこと、以上の事実を総合すると、国土産業が昭和五六年七月二八日に原告に交付した金額は、売買代金七八〇〇万円から既払の手付金二〇〇万円と税金分三〇七三万二〇〇〇円を差引いた四五二六万八〇〇〇円と前記代金額以外の支払金二九〇万円の合計四八一六万八〇〇〇円であると認めるのが相当である。

(二)  前掲甲第五、第八号証の記載及び証人田中泰一、同田窪誠一の各証言中には、原告側と田窪との間には、本件売買契約の残代金を支払つた昭和五六年七月二八日の前に、右売買契約の代金のうち譲渡所得に係る公租公課等を差引いた原告の手取りを五〇〇〇万円とする旨の合意が成立し、田窪は右合意にしたがつて原告に対して、代金残額から公租公課分を差引いた金額を支払い、これに対し、原告から抗議を受けることはなかつた旨の記載及び供述部分がある。しかし、かかる代金支払に関する重要な合意がなされたとすれば、当然売買契約書に記載される筈であるが、前掲乙第八号証によれば、本件の売買契約書には何ら右合意に関する記載はないこと、前記1(二)で認定したとおり、田窪と田中は同日、原告及びユキの面前で前記文面の「念書」を作成して、原告にこれを渡しており田窪及び田中は、同日原告とユキに対して右文書を作成交付することにより、残代金全額を当日支払わないことについて原告とユキを納得させなければならない状況が存在したものと推認できること、証人阪本ユキの証言に弁論の全趣旨を総合すると、田中は田窪との交渉の過程では必ずしも原告のみの利益を図つて行動したのでない節がうかがわれることなどに鑑みると、前記記載及び供述部分を措信することはできない。

三  原告の昭和五六年分の所得金額

1  譲渡収入金額

右二1(一)の認定事実によれば、原告の本件各土地の譲渡収入金額は、本件売買契約の代金七八〇〇万円、国土産業が本件売買契約に際して支払を約した共有物分割に当たつて生じた不足分の土地の価格相当の五二〇万円、本件各土地上の花木の補償分五〇万円の合計八三七〇万円となる。

なお、原告は、本件売買契約締結当時、既に、生花業をやめていたのであるから、右花木の補償分は法三三条二項一号の所得(たな卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡)には当らないので、これを譲渡収入金額とすべきであり、事業所得の収入金額とすべきではない。

2  必要経費

(一)  取得費

前記二1(一)で認定したとおり、原告が本件各土地を分筆する前の土地を取得したのは昭和二三年二月二日であるから、原告の本件各土地の譲渡収入金額から控除すべき取得費は右1の譲渡収入金額八三七〇万円の一〇〇分の五に相当する四一八万五〇〇〇円である(措置法三一条の四)。

(二)  譲渡費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件各土地の譲渡に際し譲渡費用として二五二万三〇〇〇円を支払つたことが認められる。

3  譲渡収入金額の回収不能の有無について

前記二1(一)、(二)、2(一)の認定事実によれば、原告が国土産業から本件各土地の譲渡代金等として受領した金額の合計額は、譲渡収入金額合計八三七〇万円に三三五三万二〇〇〇円足りない五〇一六万八〇〇〇円であること、原告は、昭和五六年七月二八日残代金等のうち四八一六万八〇〇〇円の支払を受けた際、不承不承ではあるが、田窪が本件各土地の譲渡に係る納税手続を代行し本件売買代金の残代金三〇七三万二〇〇〇円をその資金に充てるとの田窪の申出に応じたこと(なお、前掲乙第七号証によれば、田窪は、八坪の不足土地分五二〇万円の残額二八〇万円《右念書に「二四〇万」とあるのは五二〇万円の二分の一を二四〇万円と誤算したことによる誤記と解される。》を右売買代金残金とは別に後日支払う旨約したことが認められる。)が認められ、右事実によれば、原告と田窪間には田窪が現実に原告に代つて本件各土地の譲渡に係る納税手続をして原告の納税義務が消滅した場合にはその納税金額に相当する残代金請求権を消滅させる旨の合意が成立したものと認めることができる。

被告は、原告は、昭和五六年七月二八日、田窪との間で、原告が田窪に対して本件各土地の譲渡に係る納税に関してその申告及び納税手続をすることを委任する旨の委任契約を締結し、その納税資金として本件残代金額相当分を預けることとし、本件残代金債権と右預託金債権とを相殺する旨合意し、右合意により原告の国土産業に対する右残代金請求権は消滅した旨主張するが、前記二1(二)、2(一)の事実によれば、田窪が売買残代金額から差引くことを申出た金額は田窪の一方的な算定によるもので、原告には当時その正確性は不明であつたと考えられるうえ、原告側は右申出をした田窪に対し不信感を抱いて同人から「念書」を差入れさせるなどしており、田窪が原告に代わつて必ず納税手続をすることの確実な保証はなかつたのであるから、原告が、かかる田窪の一方的に示した納税金額を基準にして、しかもその現実の納税の有無にもかかわらず、三〇七三万二〇〇〇円もの売買残代金を決済したものとするような不利益な合意をしたとは到底考えられず、前記認定のように、田窪が現実に納税をし、原告の納税義務を消滅させた場合にその納税金額に相当する残代金債権を当然消滅させることとするのが、右合意に当たつての当事者双方の合理的意思であつたとみるのが相当であつて、被告の右主張は失当である。

そして、国土産業が昭和五六ないし五七年ころに倒産して営業を廃止し、みるべき資産もないことは前記二1(五)で認定したとおりであるから、譲渡収入金額の内右残代金等の金額三三五三万二〇〇〇円は、遅くとも本件更正処分等がなされた昭和五九年一二月一〇日までには回収不能となつたというべきである。

したがつて、法六四条一項に基づき、譲渡所得の金額の計算上、譲渡収入金額から右回収不能の金額を差引くべきことになる。

4  特別控除額

本件各土地の譲渡による所得は長期譲渡所得に該当するので特別控除額は一〇〇万円である(措置法三一条三項)。

5  以上によれば、原告の昭和五六年分の分離長期譲渡所得金額は、四二四六万円となる。

四  本件再更正処分等の適法性

1  原告は、原告は昭和五六年分の所得税の確定申告を自らしたことはないし、また、他人に委任してしたこともなく、原告が確定申告をしたことを前提としてなされた本件更正処分等及びその後の本件再更正処分等、本件再々更正処分等は違法である旨主張する。

ところで、本件確定申告書が昭和五七年二月一六日茨木税務署長に対し提出されたことは前記二1(四)認定のとおりであるが、右申告書が権限のある者によつて作成・提出されなかつたとすれば、被告としては、調査によつて確認した所得金額にしたがつてすべきであつたのは更正処分ではなく、決定処分であり(国税通則法二四条、二五条)、また過少申告加算税賦課決定処分ではなく、無申告加算税賦課決定処分であることになる(同法六五条、六六条)。

しかし、更正処分も決定処分も、ともに課税庁が国税に関する法律により客観的に定まる課税標準及び納付すべき税額を確認することを主たる内容とする点でその本質を同じくし、本件の場合には、更正処分でも決定処分でもその納付すべき税額には変わりがない。また、過少申告も無申告も、ともに申告義務違背であつて、いずれに対する加算税もその本質に変わりはないし、過少申告加算税額が無申告加算税額に比して低額であることは明らかである。したがつて、無申告の場合に誤つて更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたからといつて、これにより納税者が不利益を受けるものではなく、本件において、仮に本件確定申告書が権限のない者によつて作成・提出されたものとしても、このことのみによつて本件更正処分等が取消しうべき瑕疵をおびることはなく、そうである以上、右事由がこれに引続いてなされた本件再更正処分及び本件賦課決定処分の取消事由とはならないことは明らかであり、原告の前記主張は本件確定申告書の作成・提出が権限のある者によつてなされたか否かを検討するまでもなく失当である。

2  原告は、本件売買契約は原告が昭和六一年九月二一日に国土産業に対してした解除の意思表示により遡及的に効力を失い、原告に右売買による譲渡所得は存しなくなつたので、本件各処分は違法である旨主張する。

しかし、譲渡所得の起因となつた契約が右所得に係る更正処分もしくは決定処分の後の意思表示により解除されたことによつて処分当時適法であつた更正処分等が遡つて違法となるものと解することはできず、このような場合に納税者が救済を受けるには、国税通則法二三条二項三号、同法施行令六条二号により所定期間内の更正の請求により減額更正を求めるべきであり、右手続によらず、更正処分等の取消を求めることは許されないというべきである。

これを本件についてみると、原告が、昭和六一年九月二一日、国土産業に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないが、右解除の意思表示は本件各処分の後になされたのであるから、右解除の意思表示の有効性を検討するまでもなく、原告の前記主張は失当である。

3  前記三のとおり、本件再更正処分等の処分時において原告の昭和五六年分の所得金額は分離長期譲渡所得金額四二四六万円であるから、本件再更正処分等(本件再々更正処分等により減額更正された後のもの)のうち分離長期譲渡所得四二四六万円を超える部分は、原告の所得金額を過大に認定してなされた違法があることになる。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、本件再更正処分等(本件再々更正処分等により減額更正された後のもの)のうち分離長期譲渡所得金額四二四六万円を超える部分の取消を求める部分は理由があるが、その余は失当である。

よつて、原告の請求は、主文第一項掲記の限度で認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 佐々木洋一 裁判官 朝日貴浩)

別表一

昭和56年分の課税の経過及びその内容

<省略>

別表二

昭和56年分分離長期譲渡所得金額の計算

<省略>

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